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耳の「形」に関する診療 ~埋没耳と小耳症に対する当院の治療について~

1.はじめに

 当院の形成外科では全身の体の表面に関するさまざまな変化、たとえば外傷・腫瘍・先天疾患・その他後天的に生じた変形に対して治療を行っています。非常に広い診療領域を担当していますが、今回はその中でも「先天性の耳介形態異常」と、それに対する治療の一部を紹介したいと思います。

 「先天性の耳介形態異常」は実に多種多様です。個性の範疇に含まれるであろう軽微なものから、耳の形が全て存在しないような重度なものまであります。代表的な疾患として、副耳、耳垂裂、先天性耳瘻孔、埋没耳、小耳症などが挙げられます。いずれも見た目で判断がつきやすく、生まれた時に医師やご家族が気づいたり、定期健診で指摘されたりすることが多いでしょう。急いで対応しなければいけないことは少ないですが、副耳の結紮や埋没耳のワイヤー治療、小耳症に関する診断と評価、など早期に行う方が良いこともあります。本稿では埋没耳小耳症に対する治療を中心に詳しく紹介しますので、ご参考にしていただければ幸いです。

 

埋没耳について

2-1.埋没耳の概要

 埋没耳は、耳の上部がその近くの皮膚に埋もれ込むような形態異常を指します。日本では約400人に1人という頻度で埋没耳の赤ちゃんが生まれてくるといわれています。最近はいろいろな医療技術が発達し、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんの顔や手足を超音波検査などで精彩に見ることができます。しかし、耳の形を詳細にチェックすることは難しく、埋没耳を始めとした耳介形態異常は生まれてきてから診断されることが多いです。

 なぜこういった変形が生じるかというと、耳介の中にある筋肉がくっつく場所がズレてしまっているからだろう、という説が有力です。片側だけに生じることもありますし、両側に生じることもあります。耳の上部が埋もれているため、マスクや眼鏡の装用が難しくなります。耳の中には影響がありませんので、聴力への心配はいりません。

 

2-2.埋没耳に対する治療

 埋没耳に対する治療は、ワイヤーによる矯正治療と外科療法があります。

 ワイヤーによる矯正治療は、耳の埋没した部分を指でつまみあげ、ひっぱり出せる場合に行います。耳の埋もれた部分を突き上げて外に押し出すような形のワイヤーを作成し、数か月間装着してもらいます(図1)。ワイヤーは可塑性のある金属などでできており、ある程度曲げたり伸ばしたりできます。耳の軟骨が柔らかいうちに治療を開始した方が治療に対する反応が良いです。一般的には1歳以下であれば効果があるとされていますが、実際には生後4カ月前後でお子様が嫌がってワイヤーをはずしてしまったり、軟骨が硬くなり矯正への反応がさがったりするため、できればなるべく早期に矯正を開始するのが好ましいと考えています。また、ワイヤーを使用する期間も矯正開始の月齢が低いほど短い傾向にあります。そのため、赤ちゃんが生まれてから「埋没耳かもしれない」と気づいたり、健診などでそう指摘されたりした場合は、是非とも早めに形成外科へ受診してください。なお、専門の医師が皮膚の状態に合わせて微調整を適宜行う必要があります。そのため、見よう見まねでワイヤーを作成したり、民間療法的な対応を自己判断で行ったりしないようにしてください。

 

 

 矯正治療があまり効果的で無かった場合は手術を検討します。手術自体は何歳であっても施行可能ですが、就学前後に行うことが多いです。当院ではワイヤーを用いた矯正治療に加え、手術による形成手術も行っております。気になる変形や症状がありましたら是非ともご受診ください。

 

  • 小耳症について

3-1.小耳症の概要

 小耳症は耳介の形成不全を主とした先天性奇形です。形成不全の程度は様々で、一部しか変形していない場合もありますが、その一方で全く耳介が形成されていないこともあります。ただし、多くは一目で「耳らしい形」として判別できるような形ではなく、そういった患者様ではマスクや眼鏡の装用に難渋することがあります。日本では約5000-10000人に1人の頻度で小耳症の赤ちゃんが生まれてくるといわれています。片側性が多いですが、まれに両側性があります。小耳症となる原因ははっきりとは分かっていません。時として、耳周囲の組織にも形成不全を来し、顎の形や嚙み合わせ、口の形、顔の表情の左右差などを認める方もいます。また、トリーチャーコリンズ症候群やゴールデンハー症候群など、複数の先天奇形を併発する症候群の一症状として認めることもあります。

 

3-2.小耳症「耳の形」に対する治療 ~手術を中心に~

 さて、「耳の形」に関しては、プロテーゼ(義耳)など手術ではない方法で改善を期待できる部分もあります。また、プロテーゼや手術をせずに生活されている方もいらっしゃいます。しかし、「耳の形を改善したい」「眼鏡やマスクがかかるようにしたい」といったご希望がある方には手術による治療を勧めています。手術は肋軟骨という胸の軟骨を利用し、2回の手術で耳を作る、という方法が主流です。以下に詳しく説明していきます。

 

 1回目の手術では肋軟骨を採取し耳の形に成形し、耳があるべき位置に埋め込みます。患者様の体格などを考え10歳前後に行うのが一般的です。10歳以降でも手術することは可能ですが、肋軟骨が硬くなってきますので、良好な形を作る事が難しくなってくる可能性があります。手術は全身麻酔下、つまり麻酔薬で眠った状態で行います。胸とお腹の境目辺りの皮膚を5-6cmほど切開し、肋軟骨を3本採取します。その肋軟骨を細かく切り、ワイヤーや糸で固定することで耳型(フレームワーク)を作ります。元々存在している耳の軟骨は変形しているため概ね切除します。そして、耳たぶの形を形成し、皮下にポケットを作成します。このポケットに作成したフレームワークを埋入し、1回目の手術は終了となります(図2)。

 

 2回目の手術では埋入したフレームワークを挙上します。つまり、1回目の手術ではフレームワークは埋め込んだだけですので、正面から見ても耳だと判別できません。さらに、眼鏡やマスクがかかる「溝」がありません。なので、2回目の手術ではそれらを改善することが主な目的となります。埋め込んだフレームワークに沿って皮膚を切開し、その裏面を剥がして耳を起こします。そして、初回手術で保存しておいた肋軟骨を「ついたて」にし、それを周囲の筋膜で覆います。さらにその上に皮膚移植をします(図3)。それにより、耳が起きた状態になり、マスクや眼鏡がかかる「溝」も形成されます。

 

 2回の手術が終了したあと、数か月はプロテクターなどで再建した耳を保護するようにしてもらいます。徐々にむくみが取れて輪郭がはっきりし、傷の赤みや硬さも消退していきます。術後半年以上経過すると、ほとんど違和感は無くなります(症例1-3)。

 

 

 

 

 ただ、耳介の形成不全の程度や、元々の耳介形態の個性などから、決まった手術を行っても一定の結果が得られるものではありません。そのため、2回の手術では余剰皮膚を切除しきれなかったり、十分な凹凸感を形成できなかったりします。そういった場合は患者様の希望に合わせ修正術を追加することがあります。耳輪部から髪の毛が生えるような場合はレーザー脱毛をご案内させていただいています。再建した耳介は弾性が無いため、変形したり損傷したりするリスクがあります。そのため、他者との接触を伴うスポーツなどは注意して行うよう指示しています。いずれにしても、定期的(約1年毎)に通院いただき、トラブルが無いか、使用したワイヤーが露出しないか、などのチェックをするようにしています。

 なお、肋軟骨を採取した部位には軟骨が再生します。完全に元通り、とまではいきませんが、意識して触らないと左右差を感じない程度まで回復することがほとんどです。

 

3-3.小耳症に対する治療 ~総合的な診療について~

 小耳症の多くは、音を内耳まで伝達する耳の穴や鼓膜、耳の中の小さい骨などが耳介と併せて形成不全になっているため、難聴を来します。年齢や成長に応じて耳鼻咽喉科に受診していただき、評価や補聴器の処方をお願いしています。また、嚙み合わせに影響がでる方もいらっしゃいます。こちらも年齢や歯の成長に応じて歯科・口腔外科に受診いただくようにしています。そのため、形成外科には定期的に通院していただき、聞こえのことに関してお伺いしたり、歯並びなどの記録を取らせていただいたりしています。つまり、小耳症の診療において形成外科は、関係各科の「橋渡し役」として機能し、赤ちゃんが大人になるまで長い期間をサポートするように心がけています。手術を受ける/受けないは関係なく、ご相談いただければと思います。

 

4.さいごに ~形成外科医のつぶやき~

 小耳症の診療をしていますと、髪の毛で患側の耳を隠しているお子様が少なくありません。そういったお子様が、術後には短髪や髪を結った状態、つまり形成した耳介を露出した状態で外来を受診した時、我々はなんとも言えない充実感を感じます。埋没耳や小耳症に対する治療においてはマスクや眼鏡の装用など機能的な部分の改善も重要です。しかし、審美面での改善と併せて、患者様たちが埋没耳や小耳症であったこと自体を忘れて生活できるようになったら、極めて大きな価値があることだと感じています。

 多様性を重んじる今日において、こういった審美性に関する考え方も日々変わってきています。つまり、見た目は本質ではなく「その人らしくいかに生きるか」といった点に価値が見出される時代なのでしょう。その一方で、それこそ本質ではない「見た目」のせいで「その人らしさ」を損なっていることもあります。我々の診療が「その人らしく生きていく」ことの一助になることができたら、最高の成果だと思います。「耳の形」が気になる場合やそれにお悩みの患者様がいる場合、どうぞ形成外科にご相談ください。