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カテーテル治療対象疾患 房室接合部焼灼術

カテーテル焼灼術による房室ブロック作成術(房室接合部離断術)
正常な心臓のリズムについて

心臓は全身に血液を巡らしている、筋肉でできたポンプであり、心臓に帰ってきた血液の流れ込む“心房”と心臓から血液を送り出す“心室”があります。手足の筋肉は頭で考えたとおり動かすことができますが、心臓の筋肉は頭で考えなくても意識とは関係なく勝手に動いてくれています。これは手足の筋肉の動きをつかさどる司令塔は脳であるのに対して、心臓の筋肉の動きをつかさどる司令塔は脳ではなく心臓の中にあるためです。この司令塔は“洞結節”と呼ばれ、右心房の上部に存在し、毎分50~100回程度で規則的に弱い電気を発生させています。この電気信号は、はじめに心房全体に広がっていき、心房を収縮させます。次に、房室結節という心臓の中心部の一か所を通り抜け心室に伝わっていきます。房室結節は心臓の安全装置として働き、心房からの電気信号をここで遅らせ、かつ、たくさんの電気信号が起こった場合でもそれが伝わり過ぎないようにしています。心房→心室へと交互に心筋が収縮できるのも房室結節の働きのおかげです。房室結節から心室まで、電気信号は電線のような心筋を使うことによって、きわめて短時間で心室全体の筋肉に伝わり、心室全体がほぼ同時に収縮します。これが正常の1心拍です。収縮が終了すると心臓は弛緩して、次の新たな洞結節の興奮が伝わってくるのを待ちます。これを繰り返して心臓は規則的に動いているのです。

頻拍性心房性不整脈について

この電気系統に異常が生じて、電気が心房内の別の所から異常発生したり、電気刺激が心房内でぐるぐると回転したりすると脈拍が突然速くなってしまいます。この状態のことを「心房性頻拍」といいます。頻拍の種類には(1)心房頻拍、(2)心房細動などがあります。心房は毎分150-500回もの収縮となり、その興奮は房室結節で「ふるい」にかけられ、心房興奮の何割かが心室に到達します。房室結節の「ふるい」が不十分な場合、心房の興奮の大部分を心室に伝えてしまう場合、毎分180~250拍もの速い脈で心臓が空うちしてしまいます。この状態を「頻拍性心房性不整脈」といいます。症状には動悸・ふらつき・胸痛・息苦しさ・呼吸困難などがあります。ほとんどの患者さんでは不整脈に対する薬の内服や、房室結節の伝導をおさえて「ふるい」の役目を強化する薬で落ち着いたり、異常な電気刺激発生部位に対する高周波カテーテル焼灼術で完治したりしますが、なかには何種類もの薬が効果なく(これを薬剤抵抗性といいます)、また異常電気発生部位そのものに対する高周波カテーテル焼灼術も困難な場合があります。

そのような患者さんで、動悸症状が強く、またその脈の状態が持続すると心不全になる恐れがある場合、高周波カテーテル焼灼術で「房室ブロック」を作成し(「房室接合部焼灼術」)、速い心房の刺激を心室に伝わらせなくする治療があります。この治療を行うと心房頻拍で心房の収縮回数がたとえ毎分150拍から250拍の状態であっても、心室の収縮は毎分20拍から40拍程度に遅くなります。これで動悸などの症状はなくなります。ただし、脈拍が常に毎分20拍から40拍程度では遅すぎて逆にこのためふらつき・失神・心不全などが起こってしまいます。これを解決するためにペースメーカーを植え込まなければなりません。治療後の脈拍数はペースメーカーでコントロールされますので、設定した心拍数(たとえば毎分60や70 回)の平らな脈となります。以前の動悸症状は消失し、心不全の状態であった患者さんでは飛躍的に軽快します。このような治療法を英語で「Ablate and Pace(アブレート・アンド・ペース)」(Ablateは焼灼術の意味でPaceはペーシングの意味です)と言い、広く有効性が認められています。一方で、ペースメーカーなしでは脈が極めて遅くなってしまいますので、今後はずっとペースメーカーが必要になります。ペースメーカーの電池寿命は人によって差がありますが、平均5年~10年程度ですから、電池消耗に伴い、定期的なペースメーカージェネレーター交換が必要になります。通常恒久的ペースメーカー植込みを先に行って、ペースメーカーの作動に問題がないこと、安定していることが確認できた後に房室結節のアブレーションを行う事が多いのですが、緊急を要する場合には、アブレーションを先に行い、体外式一時ペーシング(後日抜去可能なカテーテルを介したペーシング)で脈拍を維持した上で後日恒久的ペースメーカーを植え込む事もあります。

心房性頻拍(特に心房細動)で困ることには、(1)脈が速くなってしまい動悸や心不全症状が出現することと、(2)震えるようになった心房内には血液が固まりやすく、この固まりが脳の動脈に詰まると、脳梗塞となってしまうことがあります。房室接合部焼灼術で(1)は解決されますが、(2)の問題は残ります。したがってこのような患者さんでは血液を固まりにくくする抗凝固薬(ワーファリンなど)を内服することが必要です。

なかにはすでにペースメーカーが植え込まれている患者さんもいらっしゃると思います。このような方は以前に脈拍が極端に遅くなったことのある患者さんです。このような患者さんに心房性頻拍が起こることがあります、そのような状態を「徐脈頻脈症候群」といいます。心房性頻拍が持続するとやはり動悸症状や心不全症状(息切れ、呼吸困難、胸水、浮腫、心拡大など)が起こってしまいます。このような患者さんに上述の高周波カテーテル焼灼術を行う場合はもうすでにペースメーカーをお持ちですので、新たにペースメーカーを植え込む必要はありません。

高周波カテーテル焼灼術の方法(含麻酔法)

消毒後、局所麻酔を右足の付け根に行います。局所麻酔とは歯を抜くときなどに使う麻酔と同じ麻酔です。検査・治療を通じて常に意識はあります。麻酔を行った部分から足の太い静脈(大腿静脈)に電極カテーテルと呼ばれる太さ2 mmほどの管(くだ)を入れます。管を血管内に入れるには太い点滴の針を刺す時と同じ方法(穿刺法)で入れますので、皮膚を大きく切ったりすることはありません。合計2本から3本の電極カテーテルを、レントゲンを見ながら心臓の中まで進めて行き、心臓内の要所に配置します。そして電極カテーテルから心臓の中の心電図を記録します。

つぎに治療を行います。治療用の電極カテーテル(焼灼術用カテーテル)を1本入れます。治療用電極カテーテルの先端を治療したい部分の真上にもってきます。治療したい部分とは心房と心室をつなぐ「房室結節」です。十分に近い所まで電極カテーテルの先端を進め、そこで高周波と呼ばれる電気を流します。この電気を流すと電極と心臓との接触面が50-60度ぐらいに熱くなり、その熱エネルギーで治療したい部分の細胞が機能しなくなります。すなわち房室結節が電気的に活動しなくなります。しかし、流す電気(高周波)の影響する範囲はきわめて狭い範囲(数mm)ですので、完全に頻脈を治すには、治療したい部分のすぐ近くに電極カテーテルをもって行く必要があります。それがいかに確実にできるかによって、治療の難しさ、要する時間などが決まるといえます。高周波を流すときには患者さんによっては胸痛、灼熱感、右肩痛などを感じます。電気を止めると元に戻りますのでご心配は要りません。びっくりして深呼吸や大きい息をしないように注意してください。せっかく良い場所に持って行った電極カテーテルの先がずれてしまう恐れがあります。高周波を流すときはこちらからお知らせしますので、なるべく「小さな浅い息」を心掛けてください。検査・治療はすべて患者さんとはお話をしながら進めますので、もし何か異常を感じた場合は遠慮せずにおっしゃってください。治療したい部位がうまく治ったあとは、そのまま検査室でしばらく様子を見ます。その後も房室ブロックの状態であることを確認して治療は終了です。検査・治療に要する時間は平均1時間30分(1時間から2時間)です。あまりに長い時間を要する場合は一旦終了して後日再治療を行うこともあります。

治療が終了しましたら電極カテーテルをすべて抜き、医師が手で押さえて止血します。静脈だけなら10-20分押さえると止血されます。確実に止血するために、創部をしっかり圧迫固定し、その状態で病棟に帰り、右足を伸ばしたままの姿勢で約4時間から6時間の安静を保っていただきます。無意識に足を曲げてしまうことを予防するために足を抑制帯で固定させて頂くことがあります。またこの間起き上がることもできませんのでシーツ帯で上半身を固定させて頂くこともあります。退院されてからは入浴、仕事、軽いスポーツは問題ありませんが、約1週間だけ右足の付け根の部分を長時間鋭角に曲げること(正座など)と過激なスポーツはお控えください。 ペースメーカーがすでに植込まれている方では、治療後、危険な不整脈の発生を抑制するために、それまでのペースメーカーの設定を一時的に変更する場合があります。

カテーテル焼灼術を受けなかった場合の見通し・他の治療法

高周波カテーテル焼灼術による完治術を受けなかった場合、今までと同様に頻拍が出現します。比較的有効な薬を組み合わせて服用すると脈が落ち着く場合もありますが、逆に脈が遅くなりすぎてペースメーカーがやはり必要となることがあります。内服治療は病気を治してしまうわけではなく、あくまで内服しているときだけ頻拍を遅くする薬ですので、基本的に飲みつづける必要があります。

カテーテル焼灼術の危険性・合併症

カテーテル焼灼術には少ないながら危険性や合併症があります。今まで報告されている合併症としては、血管穿刺に関連したものとして出血・動静脈瘻・静脈炎・気胸など、カテーテル操作に関連したものとして穿孔・心タンポナーデ・心筋梗塞・弁膜症・感染など、高周波通電に関連したものとして房室ブロック・血栓症・血管狭窄などがあります。また血管造影を行う場合には造影剤によるアレルギー反応(吐き気、じんましん、低血圧、ショックなど)が生じる可能性もあります。これらの合併症については、起こらないようにスタッフ全員が十分注意しておりますし、また万が一、起きた場合あるいは起こる兆候がある場合には、次に行うべき緊急処置も十分準備しております。とくに心房細動の患者さんでは、カテーテル検査・治療にかかわらず、日常から脳梗塞の危険性が高いので、とくに治療前・治療中の脳梗塞予防を厳密に行います。当院の医師が今まで施行した症例における合併症を下の表にまとめました。

合併症 症例総数5390例中 (1992年~2014年)
死亡 1 (0.02 %)
脳血栓・塞栓(後遺症あり) 1 (0.02 %)
脳血栓・塞栓(後遺症なし) 1 (0.02 %)
一過性脳虚血 1 (0.02 %)
空気塞栓 2 (0.03 %)
敗血症 0
心筋梗塞 0
冠動脈狭窄 0
穿孔・心タンポナーデ 8 (0.12 %)
心膜液貯留(処置せずに軽快) 2 (0.03 %)
房室ブロック 1 (0.02 %)
心臓食道瘻 0
肺静脈狭窄 1 (0.02 %)
対極板部皮膚熱傷 1 (0.02 %)
肺塞栓 0
気胸 2 (0.03 %)
血胸 0
弁損傷 0
消化管運動障害(一過性) 1 (0.02 %)
消化管運動障害(持続性) 0
造影剤によるショック 0
大動脈解離 0
横隔膜神経麻痺(一過性) 1 (0.02 %)
仮性動脈瘤(穿刺部位) 2 (0.03 %)
動静脈瘻(穿刺部位) 1 (0.02 %)
冠静脈洞解離 0
後腹膜血腫 0
消化管出血 0
輸血が必要な穿刺部血腫 0

カテーテル焼灼術にはスタッフ全員のチームワークが重要です。循環器科医師数名の他に、看護師・レントゲン技師・臨床工学技師が検査・治療にたずさわり、また万全を期すために病院と契約した医療機器メーカーの技術者も待機しております。