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心臓植込み型電気的デバイス 両心室ペーシング機能付き植込み型除細動器(CRT-D)

両心室ペーシング機能付き植込み型除細動器(CRT-D)
正常な心臓の収縮について

心臓には四つの部屋(右心房、左心房、右心室、左心室)があり、電気の刺激で順番に規則正しく収縮しています。この収縮によって心臓はポンプとしての役割を果たし、血液が全身に送り出されています。電気刺激がはじめに発生する場所は右心房にあり、「洞結節」と呼ばれています。ここから1分間に50-80回の頻度で電気刺激が発生しています。睡眠中には毎分約40-50の頻度に遅くなり、反対に運動をしたり精神的に興奮したりすると100-150回以上もの頻度の電気刺激が発生します。この電気刺激は心房の筋肉を収縮させ、「結節間伝導路」を通り「房室結節」に到達します。「房室結節」は心房と心室をつなぐ役目の伝導路ですが、伝導のスピードは遅く通過に約0.20秒かかります。房室結節から心室に入った電気刺激は「脚」と呼ばれる電線の枝に分かれて心室の筋肉を収縮させます。「脚」は極めて速いスピードで電気刺激を心筋に伝えます。右心室側に刺激を伝える「右脚」と左室側に分布する「左脚」があります。「脚」がある事で心室への電気刺激は一様に伝わり心室の筋肉は同期して、そろって収縮するため、心室の内腔の血液を効率よく送り出す事ができます。以上のような心臓を動かす電気刺激の仕組みを「刺激伝導系」といいます。

重症心室性不整脈について

心室が突然速く拍動すると、心臓はポンプとしての役割を充分に果たせなくなり、血圧低下、めまい、失神などの症状が出現します。特に、心室が原因で脈が速くなるものの中には突然死を来す可能性のある重篤なものがあります。このような重症心室性不整脈発作には、(1)心室細動と(2)心室頻拍、の二種類があります。

(1)心室細動

心臓が規則正しく拍動できなくなリ、心室の筋肉がばらばらに興奮しはじめた状態を心室細動(略してVF)といいます。心室細動になると心室は1分間に250-300回以上もの数で興奮しますが、震えるような動きにしかならないため、ポンプとしての機能は完全に失われます。したがって、脈は触れなくなり、5-15秒で意識を失い、その状態が5-10分続くと脳死の状態になる可能性が高いといわれています。ひとたび心室細動になると自然にそれが止まり回復することは稀で、電気ショックをかけることで治療されます。この電気ショック治療のことを直流除細動といいます。

(2)心室頻拍

正常な心臓のリズムではなく、心室から異常なリズムが発生する不整脈を心室頻拍(略してVT)といいます。心室頻拍になると心室は1分間に100回以上もの数で興奮します。心臓のポンプとしての機能は充分には果たせなくなりますので、めまいや失神を引き起こしたり、長く続くと心不全になったりします。また心室頻拍から前述の心室細動へと移行することもあります。心室頻拍は抗不整脈薬の静脈注射や頻拍より速いスピードで心室を刺激すること(バースト・ペーシングといいます)で停止することもありますが、血圧が低下していたり、意識が消失していたりするときには、やはり電気ショックによる早急な治療が必要です。
心室細動や心室頻拍には原因となるような心臓病(これを基礎心疾患といいます)がある患者さんと、基礎心疾患がない患者さんとがいらっしゃいます。基礎心疾患には心筋梗塞、拡張型心筋症、肥大型心筋症、不整脈源性右室心筋症などの病気があり、そのような場合にはその心臓病に対する精査や治療も必要となります。また基礎心疾患のない心室細動・心室頻拍を特発性(とくはつせい)心室細動・特発性心室頻拍といいます。

植え込み型除細動器の目的

いずれの重症心室性不整脈発作も前触れもなく突然起こることがほとんどであり、いつ起こるか発作を予期することは不可能です。とくに心室細動の場合、突然死や脳障害を防ぐためには、発作が始まって4分以内に停止されることが必要です。病院に入院中ですぐに除細動できる場合、もしくは、発作時にたまたま近くに人がいて、側にAED(自動体外除細動器)があれば良いのですが、救急車を呼んでから現場に到着するまで数分かかるのが実状です。心室細動を発症して除細動を受けるまですぐに心臓マッサージなどの処置を受けなかった場合、例えその後到着した救急隊に除細動を受けて正常な脈に戻っても脳に重大な障害を残して社会復帰できない例がほとんどです。

植込み型除細動器は場所を問わず、例え就寝中でも、もし心室細動や心室頻拍が起きてしまったときに、それらを自動で感知して速やかに停止させ正常のリズムに戻す機械です。残念ながら重症心室性不整脈が起こらないように予防する機械ではありません。したがって、命は救ってくれますが、一時的に気が遠くなったり、一瞬失神したりする可能性は残ります。もし患者さんに心室細動が生じると意識を失います。植込み型除細動器は直ちに心室細動を感知し、自動的に直流除細動(電気ショック)で治療いたします。患者さん毎の設定により異なりますが、約30秒以内に治療は完了します。意識が遠くなっている間に電気ショック治療を済ますので、患者さんは電気ショックを感じません。一方、患者さんに心室頻拍が生じたときには、その心室頻拍の重症度によって植込み型除細動器は治療方針を自動的に選択いたします。もし意識がなくなるような速い心室頻拍の場合には心室細動と同じように電気ショックで直ちに治療いたします。症状はあるものの意識は保たれているような場合は、バースト・ペーシングという刺激で心室頻拍を停止させます。この方法は患者さんには苦痛に感じることはなく、ただ頻拍発作が治ったと感じるのみです。この方法を繰返しても心室頻拍が停止しないときには、弱い電気ショックを流して心室頻拍を停止させます。もしこのときに意識があると電気ショックを感じることになりますが、その感じ方は患者さんによってさまざまです。ほとんど感じない方から、急に背中を強く叩かれたような感じの方までいらっしゃいます。

植込み型除細動器の植込み後もその作動を最小限にするために半数以上の患者さんで抗不整脈薬は服用していただいております。しかし、植込み型除細動器を植え込まない場合に比べて、将来的な抗不整脈薬の減量が行いやすいのは事実です。
植植込み型除細動器は重症の心室性不整脈発作に対してきわめて有効な機械です。しかし、心筋梗塞の発作などには無効です。また、心臓の状態が悪くなった場合は有効に作動できないこともあります。

心室の同期不全について

刺激伝導系に異常が生じて心臓収縮の同期がうまくいかなくなると、血液を効率よく送り出す事ができなくなります。例えば、左心室側に伝導を伝える「左脚」の伝導が切れ、「左脚ブロック」という状態になると、左室内は刺激伝導スピードの速い「脚」ではなく、心室の筋肉をゆっくり伝わって左心室の内側から外側へ順次収縮していくようになります。従って、左心室の内側が収縮しても、外側の部分はまだ収縮を始めず、外側の部分が収縮する頃には最初に収縮した内側の部分は拡張を始めますので、左心室の中の血液をうまく絞り出せません。また。僧帽弁という逆流防止弁を閉めるための筋肉の収縮にもズレが生じ、心室から心房への逆流も増えてしまいます。このように、心臓の収縮にズレが生じると心臓のポンプとしての効率が落ち、特にもともと心臓の収縮機能が落ちている方では、心不全を発症・増悪する事があります。この「ズレ」を同期不全(dyssynchrony)と呼ばれます。

両室ペーシング機能(心臓再同期療法)について

重症心不全の患者さんで左脚ブロックなどによる同期不全で心不全が悪化している場合、両室(すなわち右心室と左心室)ペーシング呼ばれる特殊なペースメーカーの植え込みが心不全の治療に効果的な方がいらっしゃいます。これは収縮のタイミングのズレの大きな場所(多くは右心室と左心室の外側の壁)にペースメーカーリードを挿入し、同調して心臓を刺激する事で再び収縮のタイミングをそろえて効率を良くする治療で、心臓再同期療法とも呼ばれます。左心室のリードは心臓表面を走り、右心房につながる冠静脈洞を通して挿入します。同期不全が明らかな心不全の患者さんでは多くの場合心不全の改善を認めますが、効果は個々の患者さんで様々であり、治療に反応しない方もいます。これは、左心室リードの留置可能な場所は静脈の走行など個々の患者さんの解剖学的な特徴で決まってしまうことや、心筋梗塞などで心筋自体が壊死していれば、たとえペーシングしても動かす事ができないことによります。また、ペースメーカー植え込み後も心不全の内服治療は必要です。

両室ペーシング機能付き植込み型除細動器(CRT-D)について

両心室ペーシング機能付き植込み型除細動器は、前述の①重症心室性不整脈に対する植込み型除細動器(Implantable Cardioverter Defibrillator; ICD)の機能、②心不全に対する両心室ペースメーカー(Cardiac Resynchronization Therapy; CRT)の機能を兼ね備えており、CRT-D(DはDefibrillatorを示します)とも呼ばれています。さらに③通常のペースメーカーの機能も兼ねていますので、脈が遅くなる徐脈性不整脈(洞不全症候群・房室ブロック・徐脈性心房細動など)の治療を行う事も出来ます。

CRT-D植込み型除細動器植込み術の方法(含麻酔法)

局所麻酔を左の鎖骨の下に行います(場合によっては右に行う事もあります)。局所麻酔とは歯を抜くときなどに使う麻酔と同じ麻酔です。左鎖骨の下の静脈を穿刺して、電極リードと呼ばれる電線を3本挿入します。理想的な部位から穿刺を行うために点滴の管から静脈造影を行うこともあります。次にリードの先端を心臓の右心室や右心房内に留置します。左心室側には右心房に開口する冠静脈洞にリードを挿入し、左心室の表面を走っている静脈内に留置します。このとき電極先端の位置は固定状態が良好で、またCRT-Dの電池が長持ちできるような場所を探してそこに固定します。電極挿入と同時に除細動器本体の入るポケットを皮下脂肪の下に作ります。局所麻酔をした場所ですので、大きな痛みはありませんが、もし痛いようであればおっしゃってください。麻酔を追加いたします。ポケットが完成し、電極リードも固定されたなら、電極リードとCRT-D本体を接続し、本体を皮下ポケット内に入れて、創を縫合いたします。これでCRT-Dの植込み手術は終了です。ここまでの手術はすべて局所麻酔下で意識のある状態で行います。つぎに必要に応じて(行わない場合もあります)CRT-Dの作動テストを行います。これは実際に心室細動や心室頻拍を誘発して、CRT-Dが自動的に不整脈を診断して、適切な治療(バースト・ペーシングあるいは電気ショック)を行うかチェックする目的のものです。このとき意識があると電気ショックでは胸の痛さを感じますので、この試験の間だけ10-15分間ほど静脈麻酔を行います。この麻酔は持続時間の短い眠り薬のような麻酔薬です。場合によっては右足の付け根の動脈から細い管をいれて連続的に血圧が測定できるようにします。麻酔から覚めたときにはCRT-Dの作動テストは終了しています。

手術・検査に要する時間は平均2時間です。手術が終了しましたら足の付け根(鼡径部)から挿入した管があればそれを抜き、医師が手で押さえて止血します。15-30分押さえると止血されます。確実に止血するために、創部をしっかり圧迫固定し、その状態で病棟に帰り、右足を伸ばしたままの姿勢で安静を保っていただきます。

鼡径部からの管がなければ(もしくは鼡径部の止血が得られた後)、ベッドの上で起き上がることが出来ます。病状などによって手術当日はトイレへの歩行が可能な場合もありますが、病状によって医師・もしくは看護師が指示をいたしますのでそれをしっかり守ってください。

CRT-D植込み術術後の経過・処置・注意点

約1週間後に創の状態を確認して、またベッドサイドでCRT-Dのチェックをして(このときは不整脈の誘発や作動テストはしません)、問題がなければ退院となります。

退院後は全く普通の生活でかまいません。入浴などに関しては創部を見て主治医が判断します。植え込み部をあまり強くこすることは控えていただく方が良いですが、石鹸で洗ったり、湯船に浸かったりしてもかまわないので皮膚を清潔に保つようにしてください。植込み部が赤く腫れたり、熱を持ったり、痛みがひどくなったりした場合には感染のチェックを行いますので、外来に来院して下さい。植え込んだ側の腕はあまり創部をかばっていると、筋肉が硬くなってしまいその後に肩こりや肩関節痛がひどくなります。従って強い挙上を避けていただければ普通にしてもらってかまいません。軽い腕の体操も行って結構です。

退院後は通常の外来受診で創部のチェック、その後は今まで通り6ヶ月から1年に一度、ペースメーカー・クリニック(ペースメーカー外来)を受診していただきます。作動状況によって異なりますがペースメーカーの電池は平均5-7年程度で交換の時期となります。交換の際には再び入院していただき、交換術が必要になります。

CRT-D作動によるショックを自覚された場合、一度の作動であれば翌日以降、外来に連絡の上来院して下さい。24時間以内に複数回の作動がある場合には、危険な不整脈が頻発している可能性がありますので、救急車で直ちに来院して下さい(場合により入院の上、薬の調整やカテーテルアブレーションなど追加治療が必要な場合もあります)。

CRT-D植込み術を受けなかった場合の見通し・他の治療法

カテーテル治療や薬での心室頻拍・心室細動への治療は完璧なものではなく、これらの治療を行っても不整脈が発生する可能性があります。CRT-D植込み術を受けず、心室頻拍や心室細動の発作が出現した場合は生命に危険が及ぶ場合があります。従って、ICDによって万が一の時の対応策を講じておくことが重要であると考えられます。また、心不全に対しても利尿剤や心筋保護薬(β遮断薬やアンジオテンシン系阻害薬など)、強心剤や酸素投与、カテーテルを用いた血行再建術などの内科的治療を続けて行います。内科的治療を最大限行っても点滴からの離脱が出来ない場合、退院が困難な事もあります。また、僧帽弁逆流が重症な場合や、心筋梗塞後で心室瘤が形成されている場合、外科的治療を検討する事もあります。

CRT-D植込み術の危険性・合併症

CRT-D植込み術にはきわめて少ないながら危険性や合併症があります。今まで報告されている合併症としては、出血・血腫気胸・穿孔・心タンポナーデ・感染・血栓・不整脈などがあります。また血管造影を行う場合には造影剤によるアレルギー反応(吐き気、じんましん、低血圧、ショックなど)が生じる可能性もあります。また、術後安静度をあげて座ったり立ったり出来るようになると姿勢の変化に伴いリードの位置がずれて、ペースメーカーがうまく作動しなくなることもあります。これらの合併症については、起こらないようにスタッフ全員が十分注意しておりますし、また万が一、起きた場合あるいは起こる兆候がある場合には、次に行うべき緊急処置も十分準備しております。また左室リードからの刺激が横隔膜を動かす横隔神経を刺激して、吃逆(しゃっくり)様の症状を生じる事があります。あまりにもこの症状が強い場合には左室リードの植え換えが必要となります。

ペースメーカー植え込み術にはスタッフ全員のチームワークが重要です。循環器科医師数名の他に、看護師・レントゲン技師が検査・治療にたずさわり、また万全を期すために病院と契約した医療機器メーカーの技術者も待機しております。