カテーテル治療 心房細動の(高周波心筋焼灼術)
心房細動に対するカテーテル焼灼術
心房細動に対する高周波カテーテル焼灼術(アブレーション)
心房細動に関する研究が進むにつれ、心房細動、とくに発作性心房細動の多くは左心房につながる肺静脈という血管の内部から生じる異常な電気的興奮を引き金として始まることが分かってきました。さらに、肺静脈で異常な電気的興奮が生じても、それが左心房に伝わってこないようにすれば、心房細動の発症を押さえられることも分かってきました。
心房細動に対する高周波カテーテル焼灼術(アブレーション)は、基本的に、電極カテーテルと呼ばれる太さ2 mmほどの管(くだ)を使って、肺静脈と左心房の境界を線状に焼灼し、電気的なつながりを絶つことで心房細動発症を抑制する治療であり、「肺静脈隔離術」とも呼ばれます。これは心房細動の基盤というよりも、心房細動のひきがねとなる不整脈を標的にした治療です。
適応となるのは抗不整脈薬を用いても自覚症状がコントロールできない心房細動の方です。術前および術後数ヶ月間の抗凝固薬の内服が必須で、約4日間の入院が必要です。
持続性や慢性心房細動になると、心房の筋肉も変性し、心房内に心房細動発症の基盤ができてしまうため、肺静脈からの引き金がなくとも心房だけで心房細動になってしまいます。従って、持続性心房細動や慢性心房細動では、肺静脈隔離だけでは不十分な場合も多く、広い範囲の高周波カテーテル焼灼が必要となり、発作性心房細動に比べ、成功率も下がってしまいます。
高周波カテーテル心筋焼灼術の準備
右上図のような画像をカテーテル治療の時に使用するため、外来で造影の心臓CT撮影を行います。このCT画像によって心房や肺静脈の形態・走行を確認します。形態異常が見つかればそれに対処する必要が生じます。また、CT撮影によって、心房内にすでに血栓が出来てしまっていることが明らかになる場合があります。カテーテル治療中や治療後に脳梗塞などの血栓塞栓症を起こさないようにするため、左心房内の血栓が明らかになったときは治療を延期しなければなりません。血栓の存在が疑わしい場合は超音波検査でも確認を行いますが、左心房は最も後ろ側にあるため胸に当てる通常の心臓超音波検査では判定ができません。どうしても血栓の有無を確認したい場合やもともと血栓形成のリスクが高い場合は、入院後に経食道心臓超音波検査を行い左心房内血栓の有無を確認することがあります。右図のように胃内視鏡のようになっている超音波検査機械を、内視鏡と同様に食道に入れていき血栓の有無を観察します。食道は心臓のすぐ後ろを縦に走っているため食道内から超音波を当てた場合は左心房が最も見やすい位置に来ることになり、きわめて鮮明な画像を得ることができます。
高周波カテーテル焼灼術の方法(含麻酔法)
高周波カテーテル焼灼術は事前に撮影したCTの画像とカテーテルの位置情報を組み合わせて表示できる三次元ナビゲーションシステムを使用しながら行いますので、画像と体内のカテーテル位置がずれないように、手術中は身体を動かすことができません。カテーテル焼灼術は痛みの強い治療法です。治療中の痛みで身体が動いてしまうことが無いように全身麻酔を行いながら治療を進めていきます。手術室に入って、胸や背中にモニター類のシールを装着した後に、鎮静薬(プロポフォール)と鎮痛薬(フェンタニル)で完全に眠っていただき、iGELという「くだ」を口から声帯の上まで入れて、人工呼吸器で呼吸の補助を 行っていきます。(男性はこの時尿管を入れます。女性は病棟で尿管を入れます。)
その後、鼠径部・右鎖骨下(あるいは頚部)に局所麻酔を行い、まずカテーテルを出し入れするための管(シース)を4-5本程度、血管内に入れていきます。
シースを血管内に入れるには、太い点滴の針を刺す時と同じ方法(穿刺法)で入れますので、皮膚を大きく切ったりすることはありません。血管を痛めないように最初は細いシースを入れてから順次太いシースに入れ替えることもあります。鼠径部や鎖骨下に留置したシースから数本の電極カテーテルと治療用のアブレーションカテーテルを入れ、レントゲンを使って心臓内まで安全に進めていきます。体内に入ったカテーテルは最初に右心房に到達しますが、アブレーションすべき心臓の部屋は左心房ですので、右心房と左心房の間の壁(心房中隔)に穴を開けて右心房から左心房にカテーテルを通していく必要があります。この時、安全のために血管内超音波や多方向のレントゲン透視装置を使用し、心房中隔に存在する膜のような薄い部分に長い針を刺してカテーテルを左心房に進めていきます。この際に心房中隔に明けた穴は数ヶ月で自然に閉鎖されることがわかっています。
アブレーションカテーテルと補助に用いるリング状のカテーテルを同じように左心房に進めた後に焼灼が開始されます。焼灼は1回当たり約30秒程度行い、少しずつカテーテル先端を動かしながら連続的に左右上下に2本ずつ計4本ある肺静脈のまわりを取り囲むように焼灼を行っていきます。リング状のカテーテルを肺静脈に挿入し、左心房と肺静脈の電気的な隔離を確認します。心房細動が続いて、この確認が困難な場合には、他の電極カテーテルを使って電気ショックをかけて正常なリズムに戻したり、肺静脈-左心房間の伝導を増強する薬品を負荷したりして肺静脈隔離が完成したことを確認します。心房粗動(右心房-右心室間にある三尖弁の周囲を電気的興奮がぐるぐる回る心房性不整脈)や、その他の心房性不整脈の合併を認めた場合にはそれらに対しても焼灼を加えます。
慢性心房細動や持続性心房細動で心房内に心房細動発症の基盤を認めた場合は、それらに対しても焼灼を行う場合もあります。治療時間としては、肺静脈隔離術で平均2-3時間、それ以外の心房粗動や心房頻拍、心房細動発症の基盤も治療する場合には3-4時間程度を要します。
治療が終了したら静脈麻酔を止め、覚醒していきます。シース・カテーテルをすべて抜き、医師が手で押さえて止血します。10-20分押さえると止血されます。この時、止血を容易にするため1針だけ糸で創を縫い合わせることもあります。確実に止血するために粘着力の強いテープで創部をしっかり圧迫固定し、病棟に帰ります。お部屋に帰った後も両足を伸ばしたままの姿勢で約4-6時間の安静が必要です。無意識に足を曲げてしまうことを予防するために、必要に応じて足を抑制帯で固定させて頂くこともあります。当日の夜、または、翌朝に止血確認に伺いますが、止血の状況によってはさらに数時間ベッド上で過ごしていただくこともあります。翌日は普通に歩いていただきます。ワーファリンやその他の抗凝固薬(プラザキサ・イグザレルト・エリキュース・リクシアナなど)を再開し、手術の翌々日に退院となります。退院後、入浴、仕事、軽いスポーツは問題ありませんが、約1週間だけ足の付け根の部分を急に鋭角に曲げること(正座など)と過激なスポーツは控えていただきます。
アブレーション終了後数日間は左心房の焼灼部位は「やけど」の様な状態ですので、やけどが治癒して落ち着くまでにしばらく時間がかかります。焼灼後3ヶ月以内は発作が起きても起きなくても、長期的な成功や再発を示すものではありません(まれに焼灼直後は一時的に発作が増えてしまう方もいます)。3ヶ月目以降に外来にて24時間ホルター心電図などで治療効果の判定をします。外来での経過によって再アブレーション(2回目、3回目…)を検討します。再アブレーションは、初回アブレーションより3ヶ月から6ヶ月程度で行われます。何年か経過した後に再発することもあり、その場合は数年後に2回目・3回目の治療を行うこともあります。心房細動が完全に抑制されている場合は、血栓症を来す危険因子(リスク)が全くない方であればワーファリンなどの抗凝固薬の中止も検討できます。一方、リスクのある方では、たとえ治療が成功してもしばらくの間は抗凝固薬の内服が必要となります。
カテーテル焼灼術を受けなかった場合の見通し・他の治療法
高周波カテーテル焼灼術による治療を受けなかった場合、今までと同様に心房細動が起こります。脳梗塞などの血栓症予防のため、塞栓症のリスク(年齢75歳以上、高血圧、糖尿病、心不全、脳梗塞の既往など)に応じた抗凝固療法の投与が必要です。抗不整脈薬を変更したり、組み合わせたりして、心房細動を停止・抑制するような薬を探して、有効なものが見つかればその内服を続けていただきます。有効な薬が見つからない場合は「持続性心房細動」あるいは「慢性心房細動」に固定する可能性が高くなります。「慢性心房細動」に固定してしまった場合は、治療の目標は「細動」を止めることではなく、心拍数を毎分50-80程度のちょうど良いところにコントロールすることになります。
当院におけるカテーテル焼灼術の術後経過
当院の不整脈別実施症例数は下記の表の通りです。心房細動に対するカテーテル焼灼術の場合、有効に不整脈を抑制できたかどうかは、約3ヶ月程度の経過で判断します。1回の治療では治療が不十分で、複数回の治療が必要となることはよくあることです。初回の治療で心房細動が残っていても次の治療で改善する方も大勢います。心房細動は心臓の筋肉の変性によっても経過が大きく変わります。たとえ、カテーテル治療がうまくいっても心臓の変性を進行させる因子(飲酒・喫煙・血圧・メタボリックシンドローム)がたくさん存在するとそれだけでも再発のリスクが高くなります。これらの因子は脳梗塞のリスクも高めますので、カテーテル治療をしたからといって油断することなく、これらの因子を長期に取り除く努力をすることによって心房細動を治療していくことも大切です。
カテーテル焼灼術の危険性・合併症
カテーテル焼灼術は一般に安全性が高い治療法ですが、心臓という大切な臓器に対する治療ですので、少ないながらも危険性や合併症が起こる可能性があります。
今まで報告されている合併症としては、血管穿刺に関連したものとして出血・動静脈瘻・静脈炎・気胸など、カテーテル操作に関連したものとして穿孔・心タンポナーデ・心筋梗塞・弁膜症・感染・空気塞栓など、高周波通電に関連したものとして房室ブロック・脳梗塞(血栓症)・心臓食道瘻・血管狭窄・横隔神経麻痺などがあります。また血管造影を行う場合には造影剤によるアレルギー反応(吐き気、じんましん、低血圧、ショックなど)が生じる可能性もあります。心房細動のアブレーションでは、特に、脳梗塞・心タンポナーデ・心臓食道瘻・横隔神経麻痺などに十分な配慮が必要となります。これらの合併症については、起こらないようにスタッフ全員が十分注意しておりますし、また万が一、起きた場合あるいは起こる兆候がある場合には、次に行うべき緊急処置も十分準備しております。心房細動の患者さんでは、カテーテル検査・治療にかかわらず、日常から脳梗塞の危険性が高いので、とくに治療前・治療中の脳梗塞予防を厳密に行います。当院の医師が今まで施行した症例における合併症を下の表にまとめました。
合併症 | 症例総数5390例中 (1992年~2014年) |
---|---|
死亡 | 1 (0.02 %) |
脳血栓・塞栓(後遺症あり) | 1 (0.02 %) |
脳血栓・塞栓(後遺症なし) | 1 (0.02 %) |
一過性脳虚血 | 1 (0.02 %) |
空気塞栓 | 2 (0.03 %) |
敗血症 | 0 |
心筋梗塞 | 0 |
冠動脈狭窄 | 0 |
穿孔・心タンポナーデ | 8 (0.12 %) |
心膜液貯留(処置せずに軽快) | 2 (0.03 %) |
房室ブロック | 1 (0.02 %) |
心臓食道瘻 | 0 |
肺静脈狭窄 | 1 (0.02 %) |
対極板部皮膚熱傷 | 1 (0.02 %) |
肺塞栓 | 0 |
気胸 | 2 (0.03 %) |
血胸 | 0 |
弁損傷 | 0 |
消化管運動障害(一過性) | 1 (0.02 %) |
消化管運動障害(持続性) | 0 |
造影剤によるショック | 0 |
大動脈解離 | 0 |
横隔膜神経麻痺(一過性) | 1 (0.02 %) |
仮性動脈瘤(穿刺部位) | 2 (0.03 %) |
動静脈瘻(穿刺部位) | 1 (0.02 %) |
冠静脈洞解離 | 0 |
後腹膜血腫 | 0 |
消化管出血 | 0 |
輸血が必要な穿刺部血腫 | 0 |
カテーテル焼灼術にはスタッフ全員のチームワークが重要です。循環器科医師数名の他に、看護師・レントゲン技師・臨床工学技師が検査・治療にたずさわり、また万全を期すために病院と契約した医療機器メーカーの技術者も待機しております。
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