はじめまして、横浜労災病院 腫瘍内科の有岡 仁(ありおか ひとし)です。
「腫瘍内科」という診療科をご存じでしょうか。聞きなれない名前なのではないでしょうか。
腫瘍内科を一言で説明すると、「薬物療法を中心にがんの治療を行う専門家による診療科」です。薬物療法には抗がん薬だけではなく、分子標的薬や近年話題のオプジーボのような免疫チェックポイント阻害薬も含みます。
近年のがん薬物療法の進歩は著しいものがあります。新たな薬剤の登場、薬剤を使用できるがん種や病期の増加、薬剤どうしや手術・放射線療法との併用療法の開発など、日進月歩です。これらの新しい治療法が次々に学会や論文で報告され、わが国でも保険適用となっています。そのため分野によっては1年前に発刊された成書に載っている知識が時代遅れとなり、それだけでは治療を行えなくなっています。
また2019年6月にわが国でがんゲノム医療が保険適用となりました。これは患者さんの腫瘍組織、あるいは血液検体を用いてがん細胞で起こっている遺伝子異常を網羅的に調べ、それに適合した治療を検討するものです。この方向にがん薬物療法が進むと、現在のように使用できるがん治療薬ががん種によって規定されているものから、がん細胞の遺伝子異常に基づいた、よりオーダーメイドに近い治療が主体となる可能性があります。
がん薬物療法に関する新たなエビデンスが次々に登場して治療自体がどんどん進化・複雑化し、また副作用が全身性に広範囲にみられることから、わが国でも薬物療法の専門家の必要性が認識されるようになってきました。
「餅は餅屋」の言葉にあるとおり、手術や放射線療法のようにがん薬物療法にも専門的な知識や経験を有する医師の重要性が論じられるようになったのです。
このような時代の求めに応える存在として、腫瘍内科があります。がん薬物療法の専門家として、さまざまながん治療薬を駆使して、患者さんにとって最善の治療を行うのが腫瘍内科医です。
腫瘍内科はがんの原発臓器を問わず臓器横断的にがん患者さんの診療にあたるため、治療するがんの種類が多岐にわたります。
わが国では腫瘍内科を持たない病院が多く、内科学の教科書にも腫瘍学が独立した章として取り上げられないのですが、海外では内科の一分野としての地位を確立しています。
がんの種類だけではなく、腫瘍内科が治療するがんの病期もさまざまです。手術の前や手術の後の周術期薬物療法、あるいは診断時にがんが進行して手術適応とならない患者さんや術後に再発した患者さんの治療にも携わっています。
各臓器がんの中で専門診療科が薬物療法を行わないがんが腫瘍内科の主な役割ですが、患者さんによっては専門診療科と協力して治療にあたることもあります。横浜労災病院腫瘍内科が2022年に治療を行なったがんは、消化器がん(食道、胃、大腸、肝臓、膵臓、胆道)、乳がん、子宮がん、腎臓がん、前立腺がん、胚細胞腫瘍(精巣がん)、神経内分泌腫瘍、軟部肉腫、皮膚悪性黒色腫、のちほどご紹介する原発不明がんなどです。
腫瘍内科は自らが専門的な検査や診断を行う科ではないため、われわれが治療を担当する患者さんの多くは、がんの診断となって当院の専門診療科にご紹介いただいた患者さん、あるいはがんの疑いでご紹介いただき、当院での検査の結果がんの診断となった患者さんです。ご紹介いただいた患者さんの中で診断時に手術適応とならなかった進行がんの方、術前・後に薬物療法が必要な方、あるいは手術後にがんが再発した患者さんが専門診療科から腫瘍内科に紹介されます。
ですから、がんの診断がついて治療が必要な患者さんはもちろん、がんの疑いのある方を当院にご紹介いただければ、診断結果によって専門診療科が治療を担当し、病気の状況によっては腫瘍内科に紹介されることで、患者さんの病気に合わせた最善の治療を受けていただくことができます。
横浜労災病院は国が指定し全国に約290施設ある地域がん診療連携拠点病院です。がん診療の質はもちろん、患者さんの支援体制も国が定めた基準を満たしており、がん薬物療法についても腫瘍内科をはじめ各科が高い水準を維持しています。
たとえば複数のがんが同時に診断され、どちらの治療を優先させるか判断する必要のある方です。そのような患者さんについて、横浜労災病院では院内の複数の診療科医師や看護師、薬剤師などが一堂に会して方針を検討するキャンサーボードで、患者さんに最も適切な診断・治療方針を討議する体制を整備しています。腫瘍内科医は毎回キャンサーボードに参加し、薬物療法に関する提案を行ったり実際に治療を担当しています。
近年高齢のがん患者さんが増えています。薬物療法や支持治療(副作用対策など)の進歩によって、以前は年齢だけが理由で薬物療法の適応とされなかった患者さんも治療を受けられるようになってきました。高齢の方は糖尿病や高血圧など、さまざまな併存疾患を持っているために、がん治療によって併存疾患が悪化しない、あるいは併存疾患があっても薬物療法を行える体制が重要です。横浜労災病院はこのような患者さんを複数の診療科・専門家が協力しながら治療を進める総合力を持っています。
先ほど名前をあげた、原発不明がんについてご紹介します。原発不明がんは、病院に腫瘍内科が存在することにより、最も治療がスムースに進むがんです。
原発不明がんとは、病理学的にがんの診断がついているものの、種々の診断手技で原発臓器を特定できないものです。過去の米国のデータではがん全体の2%を占めると報告されていますが、診断技術の進歩によって今後減少傾向となることが予想されています。リンパ節転移や骨転移で見つかることが多く、一般的に根治切除適応とならない進行がんの状態で診断されます。横浜労災病院でも年に数名の患者さんが原発不明がんと診断されており、腫瘍内科が治療を担当しています。
診断時進行がんであるため、手術ではなく薬物療法での治療を選択することになります。がん細胞の形態や腫瘍マーカー、免疫組織染色の結果などから特定のがんの特徴を認める場合は、そのがんの薬物療法を、そうでない場合は抗がんスペクトラムの広い抗がん薬の併用療法を行います。2021年には免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボが原発不明がんに保険適用となり、治療選択肢が増えました。
今後がんゲノム医療の普及とともに、原発不明がんでもがん細胞の性質に基づく薬物療法が行える時代になることが期待されます。
まだまだ認知度の低い診療科ですが、横浜労災病院には腫瘍内科があります。がんの診断がついた患者さんは専門診療科にご紹介ください。がんの疑いの方やどの診療科に紹介したらよいか判断が難しい場合は、最適とお考えの診療科や腫瘍内科にご紹介ください。院内で詳しい検査を行い、必要に応じてキャンサーボードで検討し、最適な診療科が治療を担当します。原発不明がんのような特定の診療科で治療を行えない場合は、腫瘍内科が担当します。腫瘍内科のようながん薬物療法の専門家集団がおり、患者さんに最善の治療を受けていただける体制を 病院全体で整えておりますので、安心して患者さんをご紹介ください。